市谷 悠(いちたに ゆう)のプロフィール

簡単な自己紹介

はじめまして!イチタです。広島県でフリーランスとして活動しており、サイト制作、コーディング代行を承っています。

このブログではweb制作の勉強、仕事を受注していくなかで、感じたことを発信します。

成功も失敗も共有し、誰かの参考になれば嬉しいです!

  • 本名は市谷 悠(いちたに ゆう)です。
  • 1991年10月2日生まれ
  • 自由気ままなB型
  • 弟1人(パーソナルトレーナー)
  • 広島県広島市出身
  • 舟入小学校→江波中学校→井口高校→近畿大学生物理工学部
  • 小3から野球をはじめる。
  • 大学卒業後、地元の医薬品商社に入社、営業として5年間勤務
  • トップセールスを経験、新規開業事業に携わる。
  • web制作のフリーランスとして独立
  • 好きな言葉は「苦しいときこそ笑顔で」

これまでの人生

僕の人生を振り返って、今の自分に大きな影響を与えたのは3つです。

  • 幼少期から高校までの貧乏生活。
  • 高校3年間本気で打ち込んだの野球。夏の大会直前の怪我
  • Web制作との出会い

幼少期から高校までの貧乏生活。

幼少期から高校生に入学するくらいまでは、超がつくほどの貧乏な生活をしていました。

バブルが弾けたと同時に父親の事業も倒産し、残ったのは借金だけ。借金の取り立ては来るし、家はボロ屋で築45年、3LDKで3万円という破格の家賃でした。シャワーはお金持ちの家にしかない、と思っていたのを思い出します。笑

おかげで、相当なハングリー精神を手に入れました!今の自分を作ってくれているのは、間違いなくこの時の経験が大きですね。

しかし、当時の自分は貧乏がものすごいコンプレックスでした。

この頃から将来の夢は「普通の家庭」を持つことだけでした。安定した企業に入り、子供を2人くらい作り、マイホームを買い、和やかな日々を送ることが大きな目標になっていました。

もちろん、今でもそんな温かい家庭を築きたいと思っていますが、何かに挑戦したいという気持ちは特になかったですね。

高校3年間本気で打ち込んだの野球。夏の大会直前の怪我

小学校から始めた野球に高校から本気で打ち込みました。

高校に入る頃には親の収入も安定してきて、野球を続けることができました。

本当に感謝です。

高校では、副主将になり、とにかく野球のことだけを考えていました。

朝練、昼練、居残り練、バットを降り続けました。授業中もスコアブックのチェックをしたり、野球のことしか考えていませんでした。

そんな、高校最後の夏の大会が迫る2ヶ月前、練習試合で相手の4番打者の打球が右手の人差し指に直撃し、全治3ヶ月の剥離骨折をしてしまいした。

医者からも手術をしないと治らないと言われましたが、周囲の反対を押し切り、手術はしないことを決意。地域の整骨院で毎日リハビリを行いました。

この決断に迷いはなかったのですが、みんなとは別メニューという焦りや、大会に間に合うのだろうかといった不安などがあり、少しナイーブになっていました。

そんなときに恩師である監督さんからいただいた言葉が、僕の大切にしている言葉です。

苦しいときこそ笑顔で乗り越えましょう。

この言葉をもらったからこそ、最後まで全力で野球に熱中することができ、最後の夏の大会にも出場することができました。結果的には1回戦で敗退しましたし、指も曲がったまんまですが、後悔はありません。このとき頑張りぬいたことが、今のチャレンジングな自分を作ってくれました。

*ちなみに曲がった指に関しては、幸い生活に支障はありません。

web制作との出会い

就職後の葛藤

大学卒業後は、地元広島の医薬品商社に営業職として入社しました。

営業では、それなりに成果をあげる事ができていました。上司からも「市谷は本社でエースになれる」と言っていただいてましたし、僕も全力で取り組んでいました。業種としても、潰れることはないと思いますし、一定のお給料が入ってきます。

しかし、「本当にこのままでいいのだろうか」「自分の好きなことってなんだろう」という心の声が聞こえてくることもありましたが、それを押し殺し、なるべく考えないようにしていました。

もし結婚して子供ができたとき、自分の子供に同じような経験をさせたくない。

これでいいんだ!と思いながら、毎日業務をこなしていました。

しかし、好きなことを見つけてそれに熱中している人たちを見ると、すごく羨ましくて、妬んだりもしていました。

「好きなことを見つけたい。」

「野球と同じくらい熱中できるものに出会いたい」

そんな声が聞こえてきて、もう自分に嘘をつくのはやめようと思いました。

今の自分は、過去の経験を言い訳にして、本当は何かチャレンジしたいくせに、失敗するのが怖いから逃げてるだけだ、ということに気づきました。

そこから必死に色んな仕事を模索していく中で、フリーランスを知り、Web制作に出会いました。

「なんかおもしろそう!挑戦してみたい!これで生きていこう!」と勝手に決めつけ、すぐにmacを購入しました。そして、勉強もそこそこに退職を申し出ました。

熱中できること

この頃はもう完全に吹っ切れていて、

「あんな環境で育ったんだし、なんとかなるだろ!」

と楽観的になっていました。笑

でも、勉強してみるとまぁ難しいんですよね。なかなか理解できない。それが悔しくて、仕事が終わった後や、休みを返上して勉強していました。

この時はコード書くのが楽しいとかではなく、とにかく悔しくて仕方がなかったんですよね。「なんでできないんだよチクショー」といった感じで。

「コード書いてる時が幸せ~」とツイートしてる人をみると本気で羨ましく感じてましたねw 「それどういう感覚??」って。

でも、初めて模写したサイトが完成したときは、心から嬉しかったですね。

ほんと野球みたいだなと思いました。

苦しい練習を乗り越えて、試合で結果がでたときのことを思い出しました。

ようやく、野球以外で初めて熱中できることを見つけることができました。

今では「コードを書く楽しさ」も分かり、成長している自分を実感でき、毎日充実しています。まだまだ足りないところもありますが、これからも「できない悔しさ」を原動力に、「コードを書く楽しさ」を追求していきます。

これからの人生

これからの人生は、とにかく自分のやりたいことをやっていきたいと思います。

就職するという選択肢もありましたが、今は自分で仕事をとってみたいという思いが強くて、フリーランスとしてやっていく決意をしました。

もちろん簡単なことではないですが、やってダメならアルバイトからでもやり直せると思いますし、今就職しても本気で取り組めるか疑問を感じたからです。

人生で一番大切なのは「自分に嘘をつかないこと」だと思います。

自分が本気で取り組めることを、その都度選択していきたいと考えています。

少し熱くなってしまいましたが、基本は呑気な性格なので、みなさん仲良くしてもらえると嬉しいです。

お仕事の依頼も受け付けていますので、お気軽にご相談ください。

最後まで読んでくださり、ありがとうございました。